
おひつ
の話
おいしいおにぎりとは何か?を考えた時、たどり着いた答えの一つが『おひつ』でした。
その前に働いていたおにぎり屋は、鉄の羽釜でご飯を炊いて保温して、注文が入って握りたてのおにぎりを提供するお店でした。
温かい握りたてのおにぎりは、それまで食べていたお弁当やコンビニの冷めたおにぎりとは違って、ほわっと柔らかく、ごはんの香りが立つ、一口で違いがわかるものでした。
しかし自分で店をやるにあたり、けんぴ店としては、おにぎりはテイクアウト用の冷めたおにぎりにすることにしました。
冷めたと言うとネガティブなイメージになりますが、ある意味おにぎり本来のカタチであり、そのおいしさを追求しようと考えたのです。

そんな時、ある展示会で司製樽さんに出会いました。
それまで『おひつ』というものを、「保温機能のない昔ながらのご飯の入れ物」くらいにしか思ってなかったのですが、実際に職人さんの話しを聞いて、その考えは一新しました。
まず『おひつ』の一番の機能は「保湿」です。炊けたご飯から出る蒸気を程よく吸収し、しかも吸収し続け乾燥させるわけでなく、結露もさせず、ある一定を保って保湿するのです。
昔ながらの道具だから木を使っているのではなく、ご飯にとってベストな素材が木だったのです。
それ以前に『おひつ』を使ったことがありましたが、木が痩せてタガが外れないように水を張って保管していました。しかし、それは間違った使い方でした。
司製樽さんは、おひつの良さをちゃんと伝え、長く使えるものだから、それを修繕する職人の必要性を話されました。
この時に、『おひつ』に入れたおにぎりを食べたいなと思ったのです。

加藤けんぴ店が出来て、司製樽さんに『おひつ』の制作を依頼しました。
毎日使うものなら、その保湿機能を完全に活かすため、乾燥時間を取れるよう2つ用意する方がいいとアドバイスいただきました。
そして出来上がったのが、杉の2升用おひつが2つ。銅のタガでした。

ここからは実際に『おひつ』を使っていった感想です。
最初は木の香りが強く、おにぎりにもその香りが移りますが、それはそれで食欲をそそります。次第にその香りは弱くなっていくので、使い始めだけの特典です。
ある日、大事に使おうと意識してるのに、変な置き方をしてしまい一度落としてしまいました。見ると木口に少しヒビが入って冷や汗をかきましたが、木だからか、湿気を吸うと元の形に戻ろうとする力が働いて、ほとんど目立たなくなりました。
あと洗い方ですが、木製品は洗剤を使うと油分が取れすぎて割れてしまったり、洗剤自体を吸収してしまうので使いません。
オススメの洗い方は、緩いお湯で、アクリルたわしを使うことです。
たわしだと傷がついてしまうし、アクリルたわしが一番キレイに洗えて、木にも優しいと思います。


『おひつ』は米のデンプン質の影響で、黒く変色する場合があります。いつか観たテレビで、おひつを使っている方がいて、中が真っ黒だったのにビックリしたことがありました。しかし、多少の黒ずみがあるものの、ちゃんと洗って乾燥させていると、気になる程の黒ずみは出ていません。たまに酢飯を作るのに、おひつの中で甘酢と合わせているのも効果があるように感じます。
あまり気になるようであれば、その部分だけ自分で紙ヤスリで削ったり、樽職人さんに修繕をお願いしてもいいと思います。


3年ほど使うと、やはり木は生ものなので、痩せたり歪みが出て、タガが外れるようになりました。
司製樽さんに連絡して『おひつ』を送り、修繕してもらいました。
司製樽さんは後から修繕しやすいよう、組み立てに金属の釘やボンドは全く使わず、米粒を潰して作る米糊で接着しています。しかも、この頃はSNSで見かけた様子だと、昔ながらの醤油蔵や味噌蔵の大きな樽を修繕しているようで、より丈夫な竹タガや竹釘を使われていました。
戻ってきた『おひつ』は、その竹タガになっており、緩みや歪みも全くなく、立派な姿で帰ってきました。この竹タガの丈夫さは素晴らしく、その後はほとんど緩みを感じたことはありません。少し値段は上がりますが、長く使える分、その価値は十分に感じています。

竹タガに修繕してもらって今(2022年)で4年が経ちました。
竹の色は青竹からツヤのある茶色に馴染んできました。
多少木の歪みで、フタの閉まりがキツかったり、ズレが生じたりしていますが、使用には問題ありません。


この『おひつ』は、加藤けんぴ店のおにぎりを支える大事な支柱のひとつです。
これからも大切に使い続け、おいしいとおにぎりを作っていきます。
少しでも『おひつ』に興味を持った方は、司製樽さんやその他の樽職人さん、当店でもわかることはお答えします。